アスペルガーの自分が結婚した話

LOVE thought 恋愛と結婚


馴れ初めを書いた。
今回は「ASDの妻とADHDの夫で仲良くやってます」というプロローグのようなもの。

孤独な夜が出会いを引き寄せた

私は寝る時間が定まらず、夜型でも朝型でもない。
成人してからずっとこうだが、私のASD気質と関係しているかもしれない。
私はこの性質故、すごく孤独だった。朝出勤して夜に帰って寝る人が20代の頃すごく羨ましかった。

ルーティンをこなす人たちは「社会」で生きている気がしたし、自分は社会から取り残されている気がして孤独だった。体が動かない日があったり、極端に動く日があったり、寝る日時が全然定まらない。

ただ、どちらかというと夜型だった。孤独を紛らわせるために、夜でも賑わうバーなどに行けば良いのだが、人と直接関わるのがあまり得意ではないためそれすら億劫だった。

静かな方が好きな自分は深夜の散歩が日課だった。

それに静まり返った深夜でも、ひと気のない所でも1人じゃないと思える唯一の場所があった。
それは昼夜問わず誰かが何かを呟いているツイッター。私はこのブラウン管を通したネットの世界が大好きだ。

聴覚過敏のため人の声を聞くのは苦手だったが、目で追うことができるSNSは楽だった。
深夜散歩を終えたAM2時、24時間あいているカフェに入り、コーヒー片手にツイッターをROMった。秋になりかけの頃だった。
カフェの窓から見える空は真っ黒になっている、このとき、すごく病んでいるツイートを見つけた。まるで20代の頃の私にそっくりなツイート、もうすぐ死んでしまうんじゃないかと思わせる内容。焦りと不安が生まれ、この人を助けないとまずいと思った。

DMを飛ばした一週間後に会うことになり、会って別れた直後、この人は新宿駅で倒れる。
お酒と薬を大量に飲んで意識が朦朧としていたらしい。
それで助けに行って家に入れた。

ところで、会ったことない自閉症のネット友達が数ヶ月前に自殺したこともショックだった。
だから「私に会ったからにはもう死なせない」と思った。
死ななくてもいいよう、生きやすく過ごせるように私が助けると決意していた。
それは過去の自分を救いたかったエゴと、会ったことがない人が亡くなってしまった後悔だったのかもしれない。

自閉症の私は20代の頃生きづらかった。死んだほうが楽だと思って細い糸をたぐるように毎日を繋いでいたから、生きることが正解なのか分からなかったが、とりあえず行動した。

私が過去に自殺未遂したとき、頼っていた年上の人にヘルプしたメールを無視されたことを私は一生忘れない。恨んでいるわけではない、忘れないと決めているだけだ。
「私は、私がされて嫌だったことを人には絶対しない」と決めることができたから、忘れたくない。

まるで助けて欲しかったはずの小さな自分を助けるように、新宿駅で倒れていたほぼ初対面の人を助けた。

このエゴとも取れる行動で出会ったこの人が、のちに私の大切な旦那になる。
この真っ黒な夜の出会いが、まるで明るい朝のような幸せを運んでくれるキッカケになるとは、このとき気づいてもいなかった。

目に見える形で、白黒ハッキリしたいアスペルガーの私

生活もままならないと聞いたので、その人の部屋に行ってみた。
電気が止まっていたし、ゴミ屋敷だったが、小さなハムスターが一匹、その部屋で元気に生きていたのがすごく印象的だった。人間が気にすることを何も気にせず、一生懸命ひまわりの種をかじっているような気がした。

綺麗にしたらまた快適に住めると思ったので、とりあえず掃除をして電気料金を払った。

それがある日、ハムスターとその子がウチに突撃して来て、あなたの家に僕達も住んで良いかと聞かれた。ペットの入った大きな箱を抱え玄関まで来られたら、なんだか、良いよと答えるしかなかった。

一緒に住むなら結婚してしまおうと思い、私からプロポーズした。

私はグレーな関係が苦手だ、付き合うとか友情とか、何がなんだかわからない。だから玄関で「曖昧な関係は苦手だから籍を入れてくれ」と頼んだ。君とハムスターが住んでいる部屋を解約し、私の部屋に来てくれと言った。

結婚の契約をしてしまえば目に見える形で家族なのでわかりやすい、私は白黒ハッキリした関係なら混乱しない。
あと結婚したのにはもう一つ理由があった。

20代の頃、愛人になってくれと頼まれ続けたのが私は辛かったし、この人が色んな人に下心でアプローチされていたのを見てたから、曖昧な関係は避けたかった。
この人と私に向けられた他者のセリフ、「相談に乗るよ」は全部下心だった。
この人に私と同じような想いをしてほしくないので、もし彼に下心で誰かが近づくなら「私が妻だが何か用か」と言ってやろうと思った。
これは、いつも2番手で性処理道具にされそうになっていた自分が言われたかった言葉だと思う。
「俺がコイツの旦那だが、お前は何の用だ」と、誰かに言って欲しかった。
自分は残念ながら今まで言ってもらえることがなかったので(笑)、それなら自分がして欲しいことを他者にしてみようと思った。

自分はASD気質

私が発達の診断をもらった理由は、自分がネットを使いASDであることを公表すれば、同じような境遇の人と繋がることができると思ったから。私は20代まで孤独だったが、同じような価値観の人と繋がることができて、自分自身も心から嬉しいし本当に救われた。

そして私はASDの視覚優位タイプだった。
昔からオセロが大好きで、幼稚園に上がる頃には両親に勝っていた。

目を使う仕事なら迅速に処理ができるし、ツイッターなど目で見ることができるSNS系も好きだった。大事な情報を見逃さないし、いつまでも覚えていられる。

検索がうまいことには自負がある。耳で聞いたことは結構忘れているのに、視覚で得た情報は、長いこと覚えている。だから旦那のツイッターも見逃さなかったのかもしれない。こういう部分はASD気質に感謝だ。

織姫と彦星婚

結婚して同居したものの、私はフリーランスのデザイナーだったので結婚してから「仕事場」がなくなった。仕事場と自宅が一緒だったから困った。
そして夫の世話だけに注力してしまい、絵を描く気力が失せた。夫のせいで絵を描けなくなったのではなく、夫が大事だと思ったから、夫の世話をして絵を描かなくなった。

結婚してから気づいたことは、自分はマルチタスクができないということだった。
子育てしながら漫画を描いている人をたくさん見かけるけど、私は描かなくなると思う。
0か100の思考を持っている私は、夫が100%、絵が0%になってしまった。
デザインの仕事で幾つもの事象を把握し、たくさんの役割をすることはできても、「プライベート」と「絵」の両立にはかなり難しいものがあった。

ここで問題が発生、私が働かないとお金が入ってこない。
今まで1人のペースで頑張れたことができず調子が出ない。私はついに世話に疲れて倒れた。
朝型になったり夜型になったりする自分は、人に時間軸を合わせるのも苦手なようだ。
そして夫のADHD気質は結構重く、私が限界に。

結婚してる人はもっと頑張っているし、何かあっても同居している、自分にはなぜできないのだろう
と思ったが人と比べても仕方がない。

夫と一緒に住んでから約1年後、別居して私は一旦仕事に集中した。

アトリエを確保する形を取って半年、収入が戻ったので、この選択は間違っていなかった。
このあとの連載で書くが、世話されていた夫は自立し、私が教えたことを全て実践し、継続し、家事も仕事もできるようになった。
別居はしているけど、少しも遠いと思えない。

今はお互いに、織姫と彦星のように、1年に一度会うくらいの生活でもいいなと思っている。

お互いが精神で繋がっている気がするので、寂しさはない。

終わり。

旦那視点の馴れ初めはこちらから。